さて、企業が重視する要素を検討するとはどういうことなのでしょうか。
例えば、5人の困った人と、1人の困った人がいて、どちらか一方のみを救出できる場合、企業はどちらを救出するのでしょうか。多くの人は5人を救出すると思います。これはいわば数の理論です。
では、5人は企業にとって無関係であり、1人は自分の家族や従業員である場合にはどうでしょうか。少なくともその1人が(自分の)家族だったら、(仲が悪くない限り)家族を選ぶ人が多いように思います。
それはなぜでしょう。家族愛なのでしょうか。従業員であれば、企業が安全配慮義務を負っているからでしょうか。またその場合、5人を救出できなかったことに対する社会的批判(あるいは社内的批判)にはどのように答えるのでしょう。さらに、仮に5人が瀕死の病人であり、1人が前途有望な若者だったらどうするのでしょうか。
論理が一貫した答えとしては、企業(または現場担当者)にとって社会的効用(満足感)が高い方策を選ぶということなのかもしれませんが、事前にそのルール・判断基準は検討しておかなくていいのでしょうか。
そのような仮想事例は意味がないと考える人もいるかもしれませんが、現実に起こり得る問題です。
例えば、自社の海外支店が現地の紛争に巻き込まれたときです。まずは情報確認が重要となりますが、それを踏まえたうえで、企業はどう行動するべきなのでしょうか。撤退するのでしょうか、踏みとどまるのでしょうか。
紛争の深刻さ・継続性によっても異なると思いますが、どれだけの情報が獲得できれば企業は判断できるのでしょうか。当該支店の売上・重要性・投資金額によっても判断は変わるかもしれません。仮に撤退するとして、従業員の安全確保は当然ですが、現地従業員の安全はどのように考えるべきなのでしょうか。
また、事業を清算すべきなのでしょうか、開店休業状態にするのか、株式を売却するのでしょうか。株式を売却するとして、その売却先はどのように探すのでしょうか。また売却先はどのような会社でもいいのでしょうか。売却された後に、海外支店の情報が不正に使われたり、購入した企業が新たな人権侵害を引き起こしたりするリスクは考慮しなくていいのでしょうか。
さらにいえば、侵攻国との関係はどのように考えるのでしょうか。侵攻国の企業からの売上が大きければ、侵攻を許容するのでしょうか。それとも侵攻国と被侵攻国の社会的・歴史的関係などによるのでしょうか。
仮に侵攻を許容した場合、侵攻に反対する株主からの質問や株主権の行使にはどのような対応をするのでしょうか。逆に仮に侵攻に反対した場合、侵攻国からも撤退するのでしょうか、あるいは侵攻国の企業との取引にはどのような影響を与えるのでしょうか。また、侵攻を許容する株主からの質問や株主権の行使にはどのような対応をするのでしょうか。これらの判断は、同業他社・各国政府の対応によっても異なるのでしょうか。
結局のところ、この問題は、単純な利益の比較では判断できないものであり、究極的には、どのような判断が会社の中長期的な利益に寄与するか、という問題に帰着するかと思います。
そこでは中長期的な利益とは何か(当該海外支店の利益だけでなく、その問題が引き起こすさまざまな経済インパクトをどう評価するか)、従業員の安全・利益をどのように考えるか(現地従業員の利益もそうですが、会社の判断によってはその他の国で雇用する従業員の反応にも影響しかねません)、会社の判断が消費者にどう受け止められるか、撤退することによって新たな人権侵害を引き起こさないか、会社の判断が国内世論・国際世論にどう受け入れられるか(良き市民たり得るか)、日々の会社のポリシーと反しないか(単にお行儀の問題ではなく、ポリシーに反した場合に、関係者・社会からどのような反応がなされるか)ということについて、考えを巡らさなければいけないということだと思います。